最高裁判所第三小法廷 昭和56年(行ツ)205号 判決 1985年7月19日
主文
原判決中昭和五六年(行ツ)第二〇六号事件上告人兼同第二〇五号事件被上告人社会福祉法人恩賜財団済生会に関する部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
原判決中右第二〇六号事件上告人兼第二〇五号事件被上告人社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院に関する部分につき、本件上告を棄却する。
右第二〇六号事件上告人堀内光の本件上告を却下する。
前二項の部分に関する上告費用は右第二〇六号事件上告人堀内光の負担とする。
理由
昭和五六年(行ツ)第二〇五号事件(以下「第二〇五号事件」という。)上告代理人西川美数、同高嶋久則、同林信、同国常寿夫の上告理由及び同年(行ツ)第二〇六号事件(以下「第二〇六号事件」という。)上告代理人成富安信、同中町誠の上告人社会福祉法人恩賜財団済生会についての上告理由について
原審の確定するところによれば、(一) 東京都地方労働委員会は、第二〇五号事件上告補助参加人らを申立人、社会福祉法人恩賜財団済生会(第二〇六号事件上告人兼第二〇五号事件被上告人、以下「済生会」という。)及び社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院(第二〇六号事件上告人兼第二〇五号事件被上告人、以下「中央病院」という。)を被申立人とする都労委昭和五二年不第二九号事件につき、昭和五二年八月二日付で、主文第一項において、中央病院を名宛人として、申立人全済生会労働組合中央病院支部(以下「支部組合」という。)所属の組合員に対し、昭和五一年夏期及び年末一時金を他従業員と同様の条件で支払うべき旨の、主文第二項において、済生会及び中央病院の双方を名宛人として、「本命令書受領後一週間以内に、五五センチメートル×八〇センチメートル(新聞紙二頁大)の白紙に、下記のとおり明瞭に墨書して、被申立人病院の従業員の見易い場所に、一〇日間掲示しなければならない。」として謝罪文を掲示すべき旨の、主文第三項において、済生会及び中央病院を名宛人として、東京都地方労働委員会に対し、前記主文第一、第二項に関する履行報告をすべき旨の救済命令(以下「本件初審命令」という。)を発したが、済生会らは、右初審命令を不服として中央労働委員会(第二〇五号事件上告人兼第二〇六号事件被上告人、以下「中労委」という。)に対して再審査の申立をしたところ、中労委は、昭和五三年三月一五日付で右再審査の申立を棄却する旨の命令(以下「本件再審査命令」という。)を発し、右命令書は同年四月二四日済生会らに交付された、(二) 中央病院は、東京都済生会の一施設であり、東京都済生会は、済生会の下部組織である支部の一つである、というのである。
済生会は、本件初審命令を維持した本件再審査命令の取消を求めて本件訴えを提起したが、原審は、前記の事実関係に基づき、第二〇六号事件上告人済生会は、本件再審査命令中、中央病院を名宛人とする初審命令を維持した部分については当然にはその取消を求める法律上の利益はなく、また、右法律上の利益を基礎づける事実を見出だすこともできないから、右取消を求める同上告人の本件訴えは不適法であるとして、これを却下し、また、本件初審命令の主文第二項中同上告人に対する謝罪文の掲示命令は、同命令所定の謝罪文掲示期間が経過したことにより履行不能となつたから、同上告人には右謝罪文掲示命令及び主文第三項中の右掲示義務の履行報告を命じた部分を維持した本件再審査命令の取消により回復すべき法律上の利益がなく、右取消を求める同上告人の本件訴えは不適法であるとして、これを却下した。
ところで、労働組合法二七条の規定による救済命令の名宛人とされる「使用者」は、不当労働行為を禁止する同法七条の規定にいう「使用者」であり、かつ、不当労働行為の責任主体として不当労働行為によつて生じた状態を回復すべき公法上の義務を負担し、確定した救済命令(労働組合法二七条九項)又は緊急命令(同条八項)を履行しないときは過料の制裁を受けることとされているのであるから、右の「使用者」は、法律上独立した権利義務の帰属主体であることを要するというべきである。したがつて、企業主体である法人の組織の構成部分にすぎないものは、法律上独立した権利義務の帰属主体ではないから、右の「使用者」にはあたらず、これを救済命令の名宛人として救済命令を発することは許されないものというべきである。以上によれば、法人組織の構成部分を名宛人とする救済命令は、労働組合法二七条及び七条の規定にいう使用者に該当しない者を名宛人としている点に瑕疵があることとなるが、合理的解釈が可能な範囲内でできるだけ救済命令を適法有効なものと解することが不当労働行為救済制度の趣旨、目的にそう所以であることは否定できないところであるし、当該構成部分を含む法人組織において右の使用者にあたる者は当該法人以外には存在しないのであるから、救済命令の名宛人となるべき者は右法人以外には考えられず、また、右構成部分は法人組織に含まれるもので両者は全体と部分の関係にある一体のものであるから、右構成部分を名宛人とする救済命令は、実質的には右構成部分を含む当該法人を名宛人とし、これに対し命令の内容を実現することを義務付ける趣旨のものと解するのが相当である。
以上の見地に立つて本件をみるに、前記のとおり、中央病院は、済生会の組織の一部を構成する支部である東京都済生会の一施設にすぎず、法律上独立の権利義務の帰属主体ではないから、本件初審命令及びこれを維持する本件再審査命令中、中央病院を名宛人とする部分は、労働組合法二七条及び七条の規定にいう使用者にあたらない者を名宛人としていることとなるが、中央病院は、法人である済生会の組織の構成部分の一つであつてこれと一体のものであり、済生会においては、法人である済生会以外に右の使用者にあたるべき者は存在しないのであるから、右の初審命令及びこれを維持する本件再審査命令中、中央病院を名宛人としている部分は、表示上の名宛人を中央病院としているにすぎず、実質的には、済生会を名宛人とし、これに対し前記命令の内容を実現することを義務付ける趣旨のものというべきである。
したがつて、中央病院を名宛人とする本件初審命令の主文第一項及び同第三項中第一項に関する履行報告を命じている部分並びにこれらを維持する本件再審査命令は、実質的には、済生会に対し、前記支部組合の組合員に対する昭和五一年夏期及び年末一時金を支払い、かつ、これに関する履行報告をすべきことを義務付ける趣旨のものというべきであるから、第二〇六号事件上告人済生会は、本件再審査命令中右の部分について、その取消を求める法律上の利益があるというべきである。
また、本件初審命令の主文第二項及び同第三項中第二項に関する履行報告を命じている部分は、前記のとおり、表示上は、済生会及び中央病院の双方を名宛人として、この両者に対し、謝罪文の掲示とこれに関する履行報告を命じているが、前述したところに従つて考えれば、右部分は、中央病院を名宛人とする部分を含め、全体として、済生会のみに対し、謝罪文掲示義務とこれに関する履行報告義務を課するものであるというべきである。ところで、原審は、右の命令部分について、中央病院を名宛人とする部分と済生会を名宛人とする部分とが別個独立の命令として併存することを前提として、本件再審査命令中前者を維持する部分については、その効力が済生会に対し及ばないなどの理由により、第二〇六号事件上告人済生会には、右部分の取消を求める法律上の利益がないとしたが、叙上によれば、本件初審命令の主文第二項及び同第三項中第二項に関する履行報告を命じている部分を維持した本件再審査命令は、中央病院を名宛人とする部分を含め、全体として済生会に対し謝罪文掲示義務とこれに関する履行報告義務を課した初審命令の効力を維持するものであるから、その効力が済生会に及ぶものであることは明らかである。
そこで、第二〇六号事件上告人済生会に、本件再審査命令中右の初審命令を維持した部分の取消を求める法律上の利益が存するか否かを判断するに、謝罪文の掲示を命ずる救済命令が発せられたときは、当該命令書の交付により謝罪文の掲示義務が発生するのであるから、救済命令が一定の履行猶予期間を付した上、一定の掲示期間を定めて謝罪文の掲示を命じているとしても、右履行猶予期間内においては右掲示義務の履行が強制されないというだけであつて、右期間内といえども、当該命令書の交付により速やかに掲示を開始すべき義務は発生し、かつ、右義務は履行完了まで継続するものというベきであり、命令書の交付により生じた右の掲示義務が右の猶予期間の経過により消滅し、あるいは履行不能となるものでないことはいうまでもない。また、右の掲示期間は謝罪文の掲示を継続すべき日数にすぎないから、当該命令書交付時から右の履行猶予期間が経過し、更に右経過の時点から右の掲示期間が経過したとしても、そのことによつて救済命令の命ずる掲示義務が消滅し、あるいは履行不能となるものではないというべきである。
本件についてこれをみると、本件初審命令が「本件命令書受領後一週間以内」に謝罪文を掲示すべきこととしているのは、右の猶予期間を設ける趣旨であり、また、同命令が「一〇日間掲示しなければならない。」としているのは、謝罪文の掲示を継続すべき日数を一〇日間と指定しているにすぎないものであつて、謝罪文の掲示が履行されないまま同命令書交付後右猶予期間の一週間が経過し、その時点から更に謝罪文の掲示期間である一〇日間が経過したからといつて、謝罪文の掲示義務が消滅し、あるいは履行不能となるものでないことは明らかである。そうすると、第二〇六号事件上告人済生会には依然として本件再審査命令中右の初審命令を維持した部分の取消を求める法律上の利益が存するものというべきである。
以上によれば、同上告人は、本件再審査命令全体につきその取消を求める法律上の利益が存するというべきであるから、原判決中右法律上の利益を否定して右取消を求める訴えを却下した部分には、法律の解釈、適用を誤つた違法があるものといわなければならず、右違法が原判決の右部分に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、右の趣旨をいう点において理由があり、原判決中右の部分は破棄を免れない。そして、右の部分については本案について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
第二〇六号事件上告代理人成富安信、同中町誠の上告人中央病院についての上告理由について
前記のとおり、中央病院は、東京都済生会の一施設であり、東京都済生会は、済生会の下部組織である支部の一つであるということは原審の適法に確定するところである。
ところで、民訴法は、訴訟当事者能力を有する者を原則として民法上権利義務の主体となることのできる能力、すなわち権利能力を有する者に限定しており(民訴法四五条)、権利能力のない者について訴訟当事者能力が認められるのはその旨を明らかにした法律の規定があるときに限られるというべきである(民訴法四六条、行政事件訴訟法一一条一項参照)。原審の確定した前記の事実関係の下において、中央病院は、法人である済生会の一部を構成する東京都済生会の一施設にすぎず、民法上の権利能力を有する者でないことは明らかであり、また、右のような法人組織の構成部分について訴訟当事者能力を認める法律の規定もないのであるから、中央病院が訴訟当事者能力を有しないことは明らかであり、したがつて、第二〇六号事件上告人中央病院が本件再審査命令中自己を名宛人とする初審命令を維持した部分の取消を求める訴えは不適法として却下すべきものというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。以上によれば、原判決中同上告人に関する部分については、本件上告を棄却すべきである。
第二〇六号事件上告代理人成富安信、同中町誠の上告人堀内光についての上告理由について
論旨は、結局原判決中訴訟費用の裁判に対して不服をいうものにすぎず、同上告人の本件上告は不適法であつて、却下を免れない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、三六一条、九五条、八九条、九八条、九九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡満彦 裁判官 長島 敦)